ペトラ遺跡(ヨルダン)

ペトラ遺跡(ヨルダン)




【概要】
ユネスコの世界遺産に登録されているヨルダンにある遺跡。ヨルダンの首都アンマンから190kmほど南の山岳地帯にある。紀元前後にアラビア系遊牧民のナバテア王国の首都として、また通商の中継地として繁栄したが、その後海路の発達により衰退し、7世紀には歴史から完全に消え去った。遺跡の発見は19世紀になってから、謎の多い遺跡として観光客の人気を集めている。



私がとても行きたかったパワースポットがあります。
それは中東にあるペトラ遺跡です。

私はいつも同じ夢を見ます。
岩の中に、十字架をもじった洞窟があります。そしてその中に自分がいるのが見えるのです。
いったいここはどこなのだろうと、夢の記憶を頼りに絵を描いてみました。するとその後、また同じ夢を見ました。そして夢の中で「ペトゥー」という声を聞きました。
私の周囲の人に聞いてみると、それは中東のヨルダンの首都のアンマンの近くにあるペトラではないかということが判明。
それを知ってから約一年半。ずっとペトラ遺跡に行きたいと思い続けてきました。
そして仕事の都合で中東に行くことになり、ついにペトラ遺跡に行く機会が与えられたのです。
あの夢の光景を実際に見られるのだ、そう思うと、いてもたってもいられませんでした。
仕事で訪れたヨルダンでまずは用事を済ませ、早速ペトラ遺跡へ。
この岩の遺跡。確かに夢でみた通りです。私の胸は高鳴りました。
まず、あのインディージョーンズの最後の聖戦の舞台になった場所であるエル・ハズネ(宝物殿)に向かいました。

ペトラ遺跡


「宝物殿」とよばれる名前の由来は一番上に乗っている壺の中に、宝物が隠されていると信じられていたことから来ているそうです。

ペトラ遺跡


観光客は、らくだの馬車かロバに乗っている白人ばかりで、日本人はほとんどいませんでした。

ペトラ遺跡


遺跡は広く、歩けど歩けどなかなかメインのエル・ハズネに到着せず、約40~50分歩いた後、やっと到着です。

ペトラ遺跡


しかし、仕事の後の僅かな休みを使っての駆け足観光であったため、あっという間に帰る時間に。
この先にあるライオンの泉を見に行けずに残念でした。
次回は絶対、仕事抜きのプライベートで来る予定です。

ペトラ遺跡

ペトラ遺跡


そしてここでは、霊の魂、霊が沢山飛んでいたので、通訳の人にうらめしやの幽霊のポーズで伝えると、周りにいた英語のわからないアラビアの人達もこのジェスチャーだけで解った様子!聞いたら、何とここはお墓だとのこと、どうりで、と納得しました。

そして疲れたのでカフェでお茶タイム。
そこで銀細工の女性職人を紹介されました。たしかに素晴らしい作品の数々。
早速、ブレスレットを購入。

ペトラ遺跡


でも、別の場所に行ってみたら、どこでも売られている商品でした。観光地ではよくある話です。
そんなこともありましたが、このヨルダンの人はみんな親切で治安はとてもよいところでした。
次は観光メインで訪れたいと思っています。


2010.10.18         


ネボ山~死海(ヨルダン)

ネボ山~死海(ヨルダン)




【概要】
現在のヨルダン西部に位置する海抜817mの高い尾根。山頂からは、聖地の全景と、北にヨルダン川渓谷の一部が展望できる。モーゼの終焉の地としても有名。聖書では、神がイスラエルの民に与えられた約束の地を、ヘブライ人の預言者モーセに眺望させた場所がこのネボ山とされている(申命記32章49節)死海はヨルダンとイスラエルの間にある塩水湖。塩分濃度が高く、人が湖につかると、特に手足を動かさなくても、自然に体が湖面に浮き出てくる。ミネラルの高い海水での療養を求めて、欧州からも観光客が訪れる。



私は仕事の関係でアジアを中心に世界を飛び回っています。そして海外を訪れると必ず足を運ぶのがパワースポットです。今回はヨルダンを訪れたときの話をしようと思います。
死海のあるヨルダンの首都アンマンは、エジプト、シリア、そしてイラクに囲まれています。世界の経済の中でも非常に微妙な位置にある町です。そのアンマンで、私は6日間の仕事を終え、ようやく休暇になりました。
早速出かけようと思ったのはモーゼの終焉の地として有名なネボ山、そして死海です。道中は砂漠で、見渡す限り砂、砂、砂・・・。そしてようやくモーゼ終焉の地とされるネボ山へ。

ネボ山については旧約聖書の出エジプト記の「十戒」に出てくるモーゼが導いた約束の地です。
私はこの地を訪れることによって、何を感じることが出来るだろうかととても興味を持っていました。
モーゼは知恵者で、全ての秘儀を教えてくれる存在です。
タロットカードに例えるなら隠者です。

隠者


私は小学校5・6年生の時に【十戒】という映画を見て、子どもながらに非常に感銘をうけたことを覚えています。その記憶の場所に到着すると思うともう、心はワクワク感でいっぱいです。
砂漠の中をさらに30分ほど走り、ようやく到着です。
着いてみると「ここが?」というぐらいにひっそりとした丘でした。その丘のゲートをくぐるとこのモニュメントが建っています。

ネボ山~死海

ネボ山~死海


そこを通リ過ぎ、アーキオロジカル・パークという場所に入ると綺麗なモザイクが飾ってありました。
一部を紹介します。

ネボ山~死海


その横の聖処女教会は残念なことに工事中でした。
そこを通リ過ぎると十字架に知恵を表すヘビの形をしたこのオブジェが現れます。

ネボ山~死海


ここは2000年前にはその時のローマ法王が、そして近年ではヨハネ・パウロ2世も訪れた場所です。
私はヨハネ・パウロ2世が亡くなる半年前、バチカンでお会いすることが出来ました。何かもの凄く縁を感じ、このマダバの道を歩きました。彼はどんな想いでここを歩いたのでしょうか。

そして、ここが<モーゼの約束の地>と言われた場所です。

ネボ山~死海


この場所にモーゼが立ち、ヨルダン川の東を指差して「あれが約束の地」だと言ったことが旧約聖書の出エジプト記にも書かれています。私はその場所に立った瞬間、まるでタイムマシンにでも乗ったかのように、過去に戻ったかのような感じがしました。なんともいえない不思議な感覚です。
もっとその感覚を味わいたかったのですが、すぐに死海のホテルにチェックインしなければならなかったため、この地をすぐに離れなければならなかったことが、私にとっては寂しく、そしてとても残念でした。

その後は真っ直ぐに死海へ

ネボ山~死海

ネボ山~死海


まずはモービックというホテルにチェックイン。

ネボ山~死海

ネボ山~死海

ネボ山~死海

ネボ山~死海


ホテルの部屋から見た、死海に沈んでいく夕陽はとても幻想的。最高のサンセットでした。
ロマンチックな気分に浸った後は、女性陣は死海にて泥パックでお肌のケア。無料のエステです。
もっとのんびりしたかったのですが、もう夜です。もっと時間が取れれば明日も泥パックを楽しめたのですが、スケジュールの都合で死海に滞在できるのはほんの僅か。
夕方5時のチェックインに朝の10時にチェックアウトという強硬スケジュールです。

とにかく死海にだけは入ってみようということで翌朝6時30分頃、死海の海へ…。

ネボ山~死海


私は水着を持ってきていなかったのでT-シャツに短パンで入水です。
これを見て下さい。

ネボ山~死海


この死海の塩が岩にこんなにくっついています。
ちょっと舐めてみたのですが、しょっぱさを通リ越して苦味を感じました。
想像以上だなと思いながら、もっと深くまで進みます。体が浮きすぎちゃって、ちょっと変な感じです。
この死海にはミネラルがたっぷり含まれているので、アトピーや病気の治癒にはよいとされ、一か月ほど療養される方も多いのだそうです。特に、オーストラリアやカナダ、ヨーロッパから来ている人が多いと聞きました。
日本でいう温泉療養のようなものですね。
私もすっかり癒され、死海を後にしたのでした。


2010.10.18